← 論文ノート一覧

短距離論文 2023年読了 約7分文: かずきち

ウォームアップの高強度スクワットはスタートを速くするか

高重量スクワットの4〜8分後に走ると、10m・30m のタイムが統計的に有意に改善しました。ただし効果量は 0.03〜0.08 で、体感できる差とは言いがたい大きさです。

先に結論

  • 高強度スクワットのあと 4〜8分 空けてから走った条件で、10m と 30m のタイムが統計的に有意に改善しました。0〜3分、9〜12分、13分以上では有意な改善が出ていません。
  • ただし効果量は −0.03〜−0.08。慣例的に「小さい」とされる 0.2 の、さらに半分以下です。有意差があることと、走って分かる差があることは別です。
  • 9研究・141人と小規模で、対象は球技系の選手が中心。陸上短距離を専門とする選手だけを集めた結果ではありません。

どんな研究か

PAPE(活動後パフォーマンス増強)は、高強度の運動をしたあと数分のあいだ、一時的に発揮できるパワーが上がる現象を指します。競技会のウォームアップに高重量のスクワットを組み込む方法は、この現象を狙ったものです。

この 2023 年のメタ分析は、「スクワットのあと、どれだけ休んでから走ると最も効くのか」を調べました。休息時間を 0〜3分 / 4〜8分 / 9〜12分 / 13分以上の4群に、負荷を 1RM に対する割合で分けて統合しています。採用されたのは 9 研究、合計 141 人です。

採用研究
9研究
参加者
141人
誘発する運動
バーベルスクワット
主な結果
10m・30m スプリント
比較の軸
休息時間・負荷強度
掲載年
2023年

用語メモ:1RM
1回だけ挙げられる最大重量のことです。「85〜100% 1RM」は、その最大重量の 85% 以上という高強度を指します。

用語メモ:メタ分析
同じ問いを扱った複数の研究の結果を、統計的にまとめて1つの推定値にする方法です。個々の研究より対象者が増える一方、研究ごとの条件の違いが結果に混ざります。

何が分かったか

有意な改善が出たのは、休息時間が 4〜8分 の群でした。タイムは小さいほど速いため、この論文では負の値が改善方向です。

条件10m30m
休息 4〜8分ES −0.03(p<0.0001)ES −0.03(p=0.004)
負荷 85〜100% 1RMES −0.04(p<0.0001)ES −0.08(p=0.0001)

休息時間が短すぎても長すぎても出ない

0〜3分では改善が確認されませんでした。高強度の運動直後は疲労が残っており、増強された分を打ち消してしまうためと説明されます。一方 9〜12分、13分以上でも有意差は出ていません。増強の効果が時間とともに消えるためです。「効くとしたら、その間の数分間だけ」という位置づけになります。

対象者によって差がある

競技者は大学生より、球技系の選手は非球技系より、大きな改善を示しました。ただしこれは研究を対象者の属性で分けて集計した結果であり、同じ人に両方の条件を試して比べたものではありません。

有意差と、効果の大きさは別

この論文でいちばん注意して読みたいのがここです。p 値は 0.0001 を下回るほど小さいのに、効果量は −0.03〜−0.08 しかありません

効果量は、慣例的に 0.2 で「小さい」、0.5 で「中程度」、0.8 で「大きい」と解釈されます。この研究の 0.03〜0.08 は、その「小さい」の基準にすら遠く届きません。同じ論文ノートで扱ったそり牽引走の 0.61ノルディックハムの故障半減と並べると、桁が違うことが分かります。

p 値が小さいのは「差がゼロではない」ことの確からしさであって、差の大きさではありません。参加者を増やせば、どれだけ小さな差でも有意になります。この2つを混同すると、「有意に速くなった」という一文だけが独り歩きします。

実践へどう読み替えるか

  1. 試す価値はあるが、劇的な効果は期待しない。導入すれば勝てるという規模の話ではありません。ウォームアップの他の要素(体温を上げる、可動域を出す、神経系を目覚めさせる)を削ってまで入れるものではないでしょう。
  2. 4〜8分をそのまま採用しない。これは複数の研究を時間帯で束ねた集団の傾向です。自分にとっての最適な間隔は、練習で何度か試して確かめる以外にありません。
  3. 競技会当日に初めて試さない。高重量のスクワットは疲労も残します。効果が出るか、逆に重くなるかは個人差があります。試すのは練習日か記録会で。
  4. 招集時刻との兼ね合いを先に確認する。スタートの 4〜8分前は、多くの競技会ですでに招集所を出てスタートラインにいる時間帯です。バーベルが使える場所と時間が確保できるかは、効果以前の問題として現実的な制約になります。
  5. フォームが崩れる重量では行わない。85〜100% 1RM は高強度です。ウォームアップの段階で高重量を扱う以上、故障のリスクは増えます。この記事は診断や治療の代わりにはなりません。不安があれば専門家に相談してください。

この研究だけでは言えないこと

  • 抄録には信頼区間と異質性(I²)が報告されていません。推定の幅と、研究間のばらつきの大きさを確認できません。
  • 効果量がどの統計量(Hedges の g か Cohen の d か)かも抄録に明記がありません。解釈の基準は一般的な目安に頼っています。
  • 評価されたのは 10m と 30m です。100m 全体のタイムや、最高速度局面の結果ではありません。
  • 9研究・141人と小規模で、1研究あたり平均 16 人ほどです。出版バイアスの評価も抄録では確認できません。
  • 対象者の男女比、競技レベルの内訳も抄録からは分かりません。陸上短距離の専門選手に限った結論ではありません。
  • 休息時間や負荷による違いはサブグループ分析であり、条件を無作為に割り当てて直接比べた結果ではありません。

原論文

Chen X, Zhang W, He J, Li D, Xie H, Zhou Y, Sun J. “Meta-analysis of the intermittent time of post-activation potentiation enhancement on sprint ability.” The Journal of Sports Medicine and Physical Fitness. 2023;63(1):86-94.

目次